盗撮推奨の富士フィルム(FUJIFILM)さんのこと。

盗撮推奨のFUJIFILM。

まぁいつかこんなことになるのではないか、と勝手に思っていました。
FUJIFILM。
最近FUJIFILMって「ひとりよがり」なんですよね。
カメラ会社として「コンセプトを打ち出す」。
それはいい。
でもGRを出しているリコー(PENTAX)と決定的に違うのは「ユーザー」の方向を向いているか。そして「ユーザーとともにあろうとしているか」なんですよね。
X-Pro3を買う気満々でいたんですけれど、あのHidden-LCDを見て思ったんです。
「押し付けるな。」と。
「フィルムカメラのときのように、いちいち確認せず、一枚一枚を大切に・・・・」云々、それはいい。
だったら「選択」できるようにしてほしかった。
PEN-Fのように。
オリンパスは「ユーザー側」を向いていた。
PEN-Fでは、「液晶を隠せる」「隠すと合成皮革がはられていて、本体と一体感を増す」という「設定があっても」それを「強制」することはなかった。
「こういう使い方もできますよ」という、あくまでも「ユーザーへの提案」であった。
一方、FUJIFILMは違った。
「こうしか使えません」という「押し付け」。
私にはそう写った。
「フィルム時代はよかったでしょ~?」「またあのころのように撮りなさいよ~」という「提案」ではなく「それしかできない」という「押し付け」。
GRのように、「明確に」目指すもの、コンセプトがあって、「その上で」ユーザーを向いているカメラとは違う、。
オリンパスのように「こんなのどうですか?」というフレンドリーな提案とも違う、なんの「哲学」も「こだわり」も持たない会社の、人間たちの、一方的な押し付け―私にはそうにしか映らなかった。
なんの哲学ももたない提案は、ただの「本人たちの自己満足」でしかない。
その「自己満足」を是とした会社の姿勢に疑問を持った。
そして今回の件である。
FUJIFILMがドヤ顔で公開した盗撮画像を収集している写真家もどきの動画のなかに、警察から職質を受けている場面がある。
そんな場面すらも憚ることなくUPしてしまうFUJIFILMの神経―。
「俺たち、私達、かっこいいでしょ?」
「職質を受けても、写真ってのは、芸術ってのは、ときに摩擦を生むものなんだよ」
というFUJIFILMの「自己満足」と「傲慢」をそこに垣間見た。
くねくねと身体をくねらせるように近づいてきて、隠していたカメラでいきなり撮影するという「通り魔」「不審者」をどのような気持ちで撮影していたのか。
そしてどのような気持ちで、撮影された「映像」を見たのか。
FUJIFILMの社員の中に、これに不快感を感じたり、疑問に思った人間はいなかったのか。
いなかったのなら問題だし、いたのに掲載されたのならそれはそれで問題である。
「一事が万事」とはよく言ったものである。
FUJIFILMの今回の「盗撮推奨事件」は起こるべくして起こった。
私はそう思う。
※堂々と撮っているのだから「盗撮」ではない、という意見もあるかもしれないが、撮られたくない人を無理やり撮っている時点で、それは「その人のプライベート空間を」「盗んで」撮影しているのだ。私はそう思う。

※記事内容がよくわからない方はこちら↓

https://www.youtube.com/watch?reload=9&v=N5nZf7kPgFI

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